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氏名郡谷 秀邦(こおりや ひでくに)
生年月日昭和43年2月14日
出身地富山県
転居履歴・富山県(生まれただけでまったく記憶になし)
・福井県(こちらは父方の故郷であるが同様に住んだ記憶はなし)
・福島県(幼稚園〜小学2年)
・北海道(小学3年〜中学2年:自称道産子と言えるほど影響があった地)
・東京都(中学2年〜)
学歴・職歴
昭和63年4月
法政大学経済学部入学。
知る人ぞ知るイベント什器レンタル会社で、アルバイトに励む。高校時代から続けていた事もあり、与えられる仕事は社員以上。バイト代は役員待遇(?)で月収90万になることも。今思えばこれがバブル経済だったのだろう。
そして、今ではこのアルバイトが自分のビジネス人生の始まりだったと認識する。
平成 3年 3月 
法政大学経済学部卒。
在学中の出席率は多分3%以下。就職は売り手市場にもかかわらず買い手はあまりいなかった記憶がある。
平成 3年 4月
国際証券株式会社入社町田支店に配属(現三菱証券)。
夜討ち朝駆けなんのその、精一杯努力する自分にひたすら酔いつづける。ちなみに証券会社時代は自他ともに認める営業成績を持続。自信に満ち溢れたサラリーマン時代を送る。顧客には中小企業の社長が多く、少なからず影響を受けた。独立の決定打はソフトバンク店頭公開(現ジャスダック)時の孫正義社長の講演だった。
平成 6年 9月
辞表提出から1年間慰留されながらも同社円満退社。
こんな自分を買っていただいた上司・先輩・同僚に感謝。着々と事業準備に入り、疎遠となっていた高校時代の友人にCIなどを頼む。夜通し付き合ってくれてありがとう。
ちなみに、宣伝ではないが彼ほどのデザイナーには出会ったことはない。ビジネスセンスも兼ね備えたクリエイターだと友人として誇りに思う。 URL:http://www.yamazakitaro.com/
事業略歴
平成 6年10月
有限会社セラミックガーデン設立。
証券会社顧客からの紹介で、愛知県瀬戸市にある陶器工場から依頼を受け、業務用食器などの卸売事業を開始。図々しい性格が功を奏し、単なる卸業者に過ぎなかった当社が、外食チェーン店などから販売促進、イベント企画を依頼され、複合的なコンサルティング事業に進出する。と同時に扱い商品も増加し、新商品企画などマーチャンダイジングにも取り組みだす。
平成7年 7月
クライアントの顧客はエンドユーザーであり、そのニーズを的確につかまなければ、本当の意味でのビジネスにはならないと、当社独自で個人向けデリバリーサービス「ホイッスル」事業を開始する。
平成 9年 3月
安易な取引先管理により、取込詐欺に遭い不渡手形をつかまされる。
証券会社時代のお客様であったH田さんに頼み込み、窮地を救ってもらう。そこで人の暖かさを知り、世のため人のための事業をやろうと決心する。H田さんは現在当社の大株主。「H田さん、本当に感謝しております!」
平成 9年 8月
地域情報誌「地元探検隊 経堂エリア版」発刊。
地域経済の中枢を担う地域商店にもいままでのノウハウを提供し、地域活性化につなげようと、まったく新しい提案型媒体を作る。
平成10年 1月 地域情報誌「地元探検隊 下高井戸エリア版」発刊
平成10年 2月 地域情報誌「地元探検隊 下北沢エリア版」発刊
平成10年 3月 地域情報誌「地元探検隊 千歳烏山エリア版」発刊
平成10年 5月 「個店向け顧客リサーチサービス」始動。
適確なコンサルティングを実施するため個店別ターゲット情報をデータ化する。今のCRM事業が好調なのもここでのマーケティングノウハウがいきているのでは解釈している。
平成10年 6月
「加盟店マッチング」企画始動。
ジャズスクールとレストランを結び付け、ジャズイベントを開催し、双方の付加価値を上げるモデルを確立する。日本料理店と舞踊教室、画廊と喫茶店など、次々とマッチングの成功事例を作り、マスコミでも話題になる。どんな業種でもどんなお店でも隠れた特徴はあり、単店ではいかせないものが意外と多いもの。でもそれらをうまくコーディネートしてあげるだけで、十分なシナジー効果を産まれる。当社ではこの時の経験からコラボレーションをとても重要視し、積極的にネットワーク作りに励んでいる。
平成10年 9月
「オリジナルグッズ」企画始動。
加盟店増加に伴いスケールメリットを活かした異業種混合型の収益モデルを確立する。メーカーさんにとっても新たな販路ができ、ビジネスマッチングの可能性を確信する。新商品も開発し、これまたマスコミの話題にのり、人気商品として成功する。
平成11年 2月
「世田谷に暮らす」企画始動。
地元探検隊の消費者行動データから年間転居率が15%もあることを知り、不動産会社をターゲットとした賃貸情報サービスを始める。
平成11年 6月
「日本縦断地ビール紀行」企画始動。
北は北海道から南は沖縄まで日本全国47都道府県の地ビールを居酒屋など飲食店で飲めるイベントを開催。賞味期限の短い商品をアソート流通によって回避し、メーカーさんの新たな販路を作り出す。これもマスコミに取り上げられ、地元探検隊を展開する世田谷のみならず、東京全域および兵庫でも展開することになる。
平成11年 9月
人生最大の転機が訪れた。自分に子供ができたのだ。一人の親として、また一人の大人として世の中にどのように存在してゆけば良いのか真剣に考え始めた。
「いままでのようにノロノロした展開ではもうだめだ。既存事業をすべて停止し、再出発しよう!」結論はこうだった。そして、今までの経験、ノウハウをいかし、大規模に展開するため媒体をアナログ紙面の地元探検隊からインターネットへ切り替えることを決意。企画書づくりに取り組みだす。
平成11年10月
インターネットノウハウのまったくない会社が新しい領域に入ってゆくため、指南していただける人を新聞紙上で見つけ、当社アドバイザリーボードに加わっていただけるよう飛び込みで行く。ITの権威「慶應大学國領二郎教授」だ。大学教授との付合いは大学時代さえも経験しなかったが、自分の学者像とは裏腹になんともフレンドリーで面倒見の良い方で、どこの馬の骨かもわからない自分を快く受け入れてもらった。いまさらながら自分の身の程知らずをさらに実感する。
平成11年12月
そして心新たにイデアシステムへと社名変更し、新たなる旅立ちへ!!
後は会社沿革を参照のこと。